榊原せつこさん(愛知県) :2006-08-13 22:39
老いのもたらす様々な喪失や不自由が、我が体を訪れたとき、
私たちはどんな風に自分の幸福感を保つ事が出来るでしょうか。
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1つのヒントは、昔から言われる「一病息災」という言葉の中にあります。
歳をとればどこか不自由なのはあたりまえ。病気と共存共栄し病気で
なければ見えなかった事感じ無かった事にも体験をひろげ、病気を養う
がゆえにご本尊の体全体も長い寿命を保つ。
一病息災にはこんな意味が込められているのだと思います。
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また、明治の女子教育や売春防止運動の先駆者矢島楫子の生き方にも
教えられるところがあります。楫子が日本基督教婦人矯風会会頭として
初めて海を渡ってアメリカに行ったのは、70代後半。その後何度か海外出張
を重ね、最後の渡欧はなんと数え年88歳、米寿の事でした。
私はそれまで海外旅行は疲れるので、60代までが限界と考えていたので
すが、矢島楫子の伝記を読んで考え方が変わりました。
楫子は年老いて健康だったわけではなく、目は半ば盲い、リュウマチを
病んで杖にすがる身でした。それでも「自分が参加しなければ」という
使命感が不可能を可能にしているのです。
健康もさる事ながらそれを支えている心の健康、気力というものの凄ま
じさを痛感しました。「病気の反対は丈夫です。でも丈夫と元気は違う
んですね。丈夫でも元気の無い人は沢山います。病気であっても元気
ならそれでいいんです。」
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矢島楫子のような高齢者は、まさに「病気だけど元気」な生き方を遂げた
典型でしょう。元気が出る生活、気力を常に養う人生、そういう生き方が
これからは大切です。短距離選手で燃え尽きてしまわず、マラソン
ランナーとして最後まで走りおおせる元気、勇気、気力。それらを生み
出す基になる生活の基盤は何かを考えなければいけないと思います。